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ボヘミアン・ラプソディとLGBT

もともとそんなに映画は行かないんですけど、誘っていただいて観てみたらハマっちゃって・・・!
QUEENの曲もさることながら、ボーカルのフレディ・マーキュリーという人間に興味がわきました。

彼があと30年、いや20年遅く生まれていたら、亡くなっていなかったかもしれないし、人生も変わっていたかもしれない。
ただ、人生は長けりゃ良いというものではないけども。
この3年間で大切な人を3人亡くして、そう考えるようになりました。

ネットでは、彼は若いころからずっと、様々な孤独と戦っていたといろんな方が解説してくれていますが、特に性的マイノリティ。進んでいると思っていた欧米でも生きにくかったんだなぁ。
スーパースターでも、それは隠すんだと・・・。
その上、エイズという病気の偏見もあれば、なかなか言えるわけないですね。
その孤独のおかげで、名曲がたくさん生み出されたのかもしれません。

じゃあ、今では全く問題なく生きやすいのかといえば、そうでもない。
多様性とかダイバーシティとか声高に言われてますけど、個人のレベルでは理解が深まっていたとしても、集団・団体になると保守的になってしまう。
結局は多数派か少数派のような気がします。

女性が多い職場では、男性がマイノリティ。
セクハラだって女性から男性の方が多かったりして。
ある方が言ってました。
「普段は男性が多い職場にいるけど、ある会議で、参加者がほとんど女性で、数十人もの女性の中で、自分ともう一人だけが男性だった。正直、こわかった。自分の意見が言えなかった。」
と。これは皮肉とか笑い話ではなく、本音の話。そして、こうも言っていました。
「普段、女性がなかなか意見や思いを言えないと言っていたことが少しわかったような気がする。そのとき僕は何を言ってもどうせ受け容れてもらえないって思ったんだ」

いろんなカテゴリーがありますが、少数派になるってそういう事なんです。
男性女性、年齢、人種国籍、職業・・・性格もあるかもしれない。
めっちゃ積極的で発言力や勢いのある人が多い集団では、私はとても孤独です(笑)

孤独って、「一人でいること」ではないですよね。
集団の中にいても誰からも受け容れられない、理解されていないと感じている状態だと思うんです。
だからLGBTじたいが問題ではなく、疎外されている・疎外感があるという状態が問題です。

私があまり好きではない言葉に『普通』というものがあります。
「普通そんな事しない」
「普通に考えたらわかるやろ」
などなど。
これ言われたら、すごく疎外感を感じます。
いろんな人が「生きにくさ」を感じているとすれば、この呪いの言葉のせいだと思うんです。
この「普通」というのは「多数派の意見・行動」です。
新入社員で、業務がよくわからない時に言われたことがあるんですが、めっちゃ困ったし、腹も立った。
「お前の普通って何やねん」
って。
誰にだって「普通(多数派)じゃない一面」を持っているはずで、そこんとこをみんながお互いに少しずつ
「そういうこともあるんだ~」
って受け容れられたら、みんながもっと楽しく生活して仕事もできるんだろうな、って思います。

なんかボヘミアン・ラプソディとかけ離れてしまったけど、そんな事を思いました。

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